ホームだけどアウェイ。【#アウェイの勝利_投稿ピックアップ(中の人編)】
明日11日(木)にベトナム代表、17日(水)にオマーン代表とのアウェイ戦を控えたSAMURAI BLUE(日本代表)の活動に合わせ、現在JFA公式noteでは「#アウェイの勝利」投稿コンテストを開催中です。
今回は「中の人」の「#アウェイの勝利」エピソードをご紹介します。
『ホームだけどアウェイ。』
今から26年前の話になります。場所はロンドン、サッカーの聖地・ウェンブリースタジアム。現在は全面改修して当時の趣きの片鱗もありませんが、その歴史と伝統は受け継がれているサッカー界ではパワースポットの中のパワースポットです。
1995年、11歳の私は、父の仕事の関係でロンドンに住んでいました。6月のある日、翌年にEURO96を控えたイングランド代表の強化試合として日本代表が招待され、ウェンブリースタジアムで国際親善試合を行いました。当時ワールドカップに出場したことがなかった日本代表。イングランド代表は勝って気持ちよくEUROに臨みたかったのだと思います。私は、自分の祖国である日本がイングランドに来るということで大のサッカー好きの父と共に地元の少年団のチームメイト(イギリス人)数人と観戦に訪れました。
一緒に試合観戦に行ったチームメイトとの一枚。写真左が筆者
4歳でイギリスに移り住んだ私は、周りに家族以外の日本人もあまりいませんでした。心では日本人であると分かっていても、物心がついてからはイングランド代表を応援していましたし、自分はイングランド(と、贔屓クラブのトッテナム・ホットスパーFC)以外のチームを応援することは選択肢にありませんでした。それこそ知っている選手は99%イングランド代表の選手ばかりで、日本の選手で顔と名前が一致するのは三浦知良選手くらい(それも父の入知恵)。しかし、当たり前ですが外見は日本人の少年そのものなので、学校でたまにからかわれる度に、「べつに俺、イングランド好きだし、ここしか知らないし、皆と同じなんだけどな。。俺もイギリス人の顔になりたいなぁ」と思っていました。人種差別とは捉えていませんでしたが、自分の中で漠然と「俺、なんか違うんかなぁ」という気持ちを持っていました。そんな中、仲良しのイギリス人の友人たちとその日を迎え、お気に入りのダレン・アンダートン選手のイングランドのユニフォームに身を包んだ私は意気揚々と、イングランドの活躍と勝利を期待してウェンブリーに向かいました。
スタジアムに到着すると日本人サポーターの数の多さにとても驚きました。こんな遠く離れたイギリスの地で自分と同じ日本人をこんなにたくさん見たのは初めてだったかもしれません。初めて覚えた感情でしたが、今思うとホッとしたというか、なんだか嬉しかったんだと思います。試合は日本が気迫溢れるプレーで善戦し、最終的にはイングランドが2-1で競り勝ちましたが、不思議と試合が終わる頃には心の中で日本を応援し、日本頑張れ!と連呼していました。父と帰路につく途中、数日後に迫った自分の誕生日プレゼントは「新しいスパイクはやめて、日本代表のユニフォームがほしい」と言っているほどでした。
当時はこの試合がホームとかアウェイとか、自分のアイデンティティを気にすることはありませんでしたが、この試合は自分のホームはどこか、自分が何者かということを朧気ながら気づかせてくれたと思います。
日本代表にとっては数あるアウェイ試合の1試合に過ぎませんが、当時の私にとっては自分が何者かを考えさせられるとても大きなターニングポイントでした。今では日本代表がアウェイの地で戦う度に、その地の子どもたちの記憶に残るような試合、良い影響を与えられる存在であってほしいと願いながら観ています。
©J.LEAGUE PHOTO
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