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【90分間の観戦マイルール】Case7 カジヒデキさんは、ミルクティー片手に、ゴール裏でチャントを歌う。

あの人の観戦ってどんなだろう。

サッカーの自由な楽しみかたは、試合観戦のスタイルにこそ表れます。スタジアムに足を運んで選手たちの熱気を感じながら観るもよし、好きなお菓子をつまみながら自宅のテレビで観るのもよし。どんな場所・服装で観たって、どんなところに注目して観たって良いし、”ながら観戦”だってアリなんです。この企画では、各界で活躍するサッカー好きたちに、試合を観戦する時の極めて個人的なルールやこだわりをお聞きし、ユニークな楽しみかたを発掘していきます。

今回お話を聞いたのは、シンガーソングライターのカジヒデキさん。「FOOTBALLING WEEKENDERS」や「フットボールの無い土曜日」などサッカーをテーマにした楽曲を多数発表し、プレミアリーグ〈チェルシー〉のサポーターでもあるカジさんは、一時期シーズンチケットを購入しては、ロンドンのスタジアムに通い詰めていたそう。フットボールの本場イングランドで熱戦を目撃してきたカジさんに、試合観戦のマイルールを伺いました。

サッカーの入口は、1枚のアルバムだった。

僕がサッカーに興味を持ったのは、1991年頃に出会った『bend it!』というサッカー音楽のコンピレーションアルバムがきっかけなんです。ブリティッシュロックだったり、ボサノヴァだったり、さまざまなジャンルの楽曲が集まったそのアルバムは、とにかくオシャレですごく面白かった。それに大好きなバンド〈Blur〉や〈Primal Scream〉のメンバーもファッションとしてサッカーシャツを着ていたこともあり、サッカーは文化と密接したスポーツなんだと感じました。『bend it!』は音楽的にもとても影響を受けた1枚で、全曲大好きだけど、特にThe Devotedの「I Love George Best」は繰り返し聴いていましたね。

あと、当時僕が所属していたトラットリア・レコードのスタッフが、草サッカーのチームを組むほどのサッカー好きだったんです。彼らに連れられて見に行った1992年のキリンカップでの日本対アルゼンチン戦で試合観戦デビューしました。まだルールもわからなかった僕は、アルゼンチンの白とブルーの国旗のカラーにきゅんとして、こっそりアルゼンチン側を応援していたな(笑)。

カジさんが初めてイングランドで試合観戦をした際の写真。左からトラットリアのスタッフ櫻木景さん、デザイナーの北山雅和さん、カジヒデキさん。1998年、イングランドの〈アンフィールド〉スタジアムにて。

あえてギリギリの時間に、ミルクティーだけ持ってスタンドへ。

僕がスタジアム観戦にハマったのは、1998年に本場イングランドでプレミアムリーグを観戦してからのこと。最寄り駅に降り立った瞬間に伝わるサポーターたちの熱気、売店に並ぶなんてことないホットドックやチップス、そして1ポンドのミルクティー……。試合を見る前からもう、イングランド・フットボールの虜になっていました。イングランドでは、サッカーが元々労働者階級のスポーツだったこと、市民にとってライフスタイルの一環であることが感じられて、たまらなく良かったんです。

だから僕もその雰囲気を味わうように、スタジアムでは現地のサポーターたちに混じって過ごすようにしています。ギリギリの時間に会場へ向かい、ミルクティーだけ買って席につくのが僕のマイルールかな。イングランドに限った話ですが、熱狂的なサポーターほど、試合直前に会場に向かうんです。キックオフ間際になると、スタジアムの入り口には長蛇の列ができるほど。もちろん試合前の練習も気になるのですが、市民と同じように日常の一部としてスタジアムに遊びに来ている感じが、なんだか通の楽しみ方かなって。売店で売っている飲み物も、お国柄かミルクティーが定番。イングランドのサッカーシーズンは寒い冬の期間なので、背中丸めて温かいミルクティーを啜りながら観戦するサポーターがよく見られます。

ミルクティーを片手に試合観戦する、友人の様子(カジヒデキさん撮影)。

チャントが始まるまでの、“間”に注目。

試合が始まってからのマイルールは、とにかく歌って、叫んで、会場と一体になること。座席は決まってゴール裏です。チェルシーのシーズンチケットを買っていた頃に、自分はどの席が一番楽しめるのか一通り試したことがあるのですが、僕には「マシュー・ハーディングスタンド・ローワー」と呼ばれるゴール裏の席にいるサポーターたちが、圧倒的に楽しそうに見えたんです。ゴール裏は他のスタンドよりも、叫んだり、チャント(試合中にサポーターが歌う応援歌)を歌ったりする熱狂的なサポーターが多いのかな。
特に、チャントの歌い出しに毎回痺れてしまいます。日本では同じ曲を繰り返し歌い続けたり、決まった流れに沿いながらみんなで熱唱しますよね。一方、チェルシーのチャントは、定番の流れがあるわけではなく、ゴール裏のスタンドにいるサポーターのひとりが突然歌い出すことではじまるんです。周囲のサポーターたちもそれに追随して、次第に歌声が大きくなっていくんですよ。わかりやすく応援団がいるわけではなく、どこからともなく聞こえてくるんです。次は誰がどの曲を歌い出すんだろうって、会場に流れる“間”のようなものも良いんですよね。

僕も一緒に歌いたいけど最初はそのレパートリーの多さ、訛りもあって、なかなか聞き取れなかった。だからスタジアムに向かうバスで隣に座った現地のサポーターの少年に、「この歌って何て言っているの?」と聞いて、覚えていきました(笑)。

座席が決まっているシーズンチケット。何度も通っていくうちに、隣の親子とも仲良くなり「Cheers, mate!」と挨拶するようになったそう(カジヒデキさん撮影)。

数ある曲の中でも、1試合の中で1〜2回しか歌われない「10 Men Went To Mow」という曲は特に楽しみにしているかも。元ネタは、10人の男性が芝を刈りにいくという数え歌のような民謡で、「1 man went to mow〜♪ 2 men went to mow〜♪」と歌い進めていくのですが、最後10に到達する時には会場のボルテージがピークに! サポーターが声を揃えて「10 men went to mow!」と叫びながら立ち上がるんです。その会場の一体感というか、熱気に包まれる瞬間が快感で。チャントの醍醐味だなと感じます。

スタジアム観戦では、試合展開や選手たちのプレイスタイルも注目していますが、僕はチャントを楽しむために通っていたのかもしれないです。歌われる曲もその時々でブームがあったり、試合の状況に合わせて新しい歌詞が生まれたり。みんな自発的で、クリエイティブな感じすらします。サポーターに溶け込むように過ごしてみると、試合だけでなく、文化を感じられて面白いんですよ。