【永井玲衣さん、サッカー通への道。】第2回 自宅で「サッカーの試合」を再生してみる。
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【永井玲衣さん、サッカー通への道。】第2回 自宅で「サッカーの試合」を再生してみる。

仕事であれ趣味であれ、自分に縁遠いと思っていたことでも、思い切って触れてみることで意外な面白さを発見することがあります。今回は、幼少期から現在までもっぱらスポーツに疎い人生を送ってきたという哲学研究者の永井玲衣さんに、初めて試合観戦を体験してもらい、その紆余曲折を全4回のエッセイで綴ってもらいました。
第2回は、初めてのテレビ観戦。4月8日に行われたなでしこジャパンvsパラグアイ女子代表の国際親善試合をテレビで観ながら見つけたのは、日常に取り入れたいあるルール。そして画面の中から聞こえてくる言葉を拾いながら、早くもサッカーの楽しみ方を開拓した模様? 哲学とサッカーにも意外な共通点がありました。


哲学は当たり前を問う営みである、とよく言われる。生まれて初めて視聴するサッカーの試合を前に、どのようなことが考えられるだろうと、どきどきする。だが動画を再生する前に、はたと大事なことに気がつく。

しまった、まず「当たり前」を知らなかった。

無駄に論文を読んだりサッカーの歴史を調べたりはしたが、未だルールや実際のプレーについては無知である。 だが、まずは触れないことには始まらない。

4月に行われた、なでしこジャパンの国際親善試合を再生する。新型コロナウイルスの影響で、1年ぶりの公式戦とのこと。

試合前の選手紹介が始まる。顔写真の横の「FW8」という記号があるが、まずこの意味が分からない。他の選手にもGK、DF、MFなどの記号が書いてあるので、おそらく何かの役割なのだろう。だが、哲学研究者的には「FW」は永劫回帰説で有名なニーチェの著作”Die fröhliche Wissenschaft”(『悦ばしき知識』)の略であり、論文に「FW8」とあるのならば「『悦ばしき知識』の8ページを参照」という意味である。

楽しめるか不安を感じつつも番組を見守る。驚くことがたくさんある。審判が四人もいること。ボールに選手たちが一斉に集中しないこと(後に友人に「ネズミがチーズを奪い合っているんじゃないんだから」とたしなめられる)。選手たちが走って、走って、走って、走って、走って、走っていること。

だが何よりも驚いたのは「当たり前」を知らないわたしであっても、サッカーの試合を「理解」できたことだった。つまり「なんで今この点が入ったの?」ということがないのだ。これは画期的である。地球に到着したばかりの宇宙人をサッカーの試合に連れて行ったとしても、一緒に楽しめるんじゃないだろうか。

そしてそのシンプルなルールの中で、選手たちは信じられないほど高度なことをしている。互いの場所を把握しながらボールを運び、時にくらいつき、時に一歩引いて、全身を絶えず動かしながら、頭をものすごいスピードではたらかせている。

そんなことを考えていると気がつけば、日本選手がぐいぐいと相手選手のゴールに迫っている。お、いけそうだなと思った矢先、相手選手がドゴッという大きな音を立てて、ボールを真上に蹴り上げた。ボールは遠くに飛んでいき、ゴールからは遠ざかる。

何があったのかと実況に耳を澄ませると「クリア」というらしい。わたしと宇宙人は同じ知識量なのでネットで調べてみると、相手の攻撃を止めるために、ボールをゴールから遠くにやることのようだ。

ああいいな、クリア。わたしもやりたい。指導教員に詰められた時とか。学会の質疑応答の時とか。怒られている時とか。ああこのままじゃまずいぞ、と背中にどっと汗をかくあの瞬間、ボールをえいやっと蹴り攻撃を切らして、こちらの体勢を立て直したい。だが日常生活には蹴り出すボールがない。残念だ。

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なでしこジャパンは順調に点を重ねていながら、相手チームには一点もゆるしていない。それにしても選手とは、なぜこうも魅力的なのか。こぼれる笑顔、真剣なまなざし、踊るようにスタジアムを行き来する身体。うつくしい。

「残り2分、まだまだ自分たちを表現する時間は残っています」

実況者の声におどろく。なでしこジャパンは相手チームに圧倒的に点差をつけて、試合を終わろうとしている。わたしだったら気を抜いて、飛行機の数など数えだすだろう。「表現」という言い方もすてきだ。彼女たちにとって2分とは、もっともっと「表現」できる時間なのだ。


試合が終了し、なでしこジャパンは7点を獲得し、失点は0という結果になった。さっきまで選手たちの身体の一部のように脚に吸い付いていたボールが、ただのサッカーボールに戻る。選手たちは、ほどけたように笑い、互いを思いあっている。90分という作品を見事に演じきった役者や、楽曲を歌いきったアーティストのようだ。

カメラが切り替わり、監督のインタビューが始まる。相手チームへのお礼を述べたあと、監督がつづける。今回の勝利に決して慢心しないするどい目つきだ。

「おおよそ色んなやろうとしたことは表現できていたかなとは思います」

そうか、やっぱりサッカーって「表現」なんだなあ。かっこいい。

永井玲衣さんプロフィール


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